ガウェイン卿と緑の騎士 ——中世の物語から、未来を生きる知恵を

弁護士法人川原総合法律事務所
弁護士 川原俊明

『ガウェイン卿と緑の騎士』 

ようやく読み終えました。

最近、関西外国語大学の菊池清明学長から、いただいた貴重な書物です。
中世ヨーロッパ文学——私にとっては、普段ほとんど足を踏み入れることのない、いわば「異端の世界」です。

アーサー王、円卓の騎士、魔法、決闘、城、狩猟、そして騎士道。
読み始める前は、正直なところ、古典文学らしい堅苦しい物語を想像していました。

ところが、実際に読んでみると、なかなか面白い。
クリスマスの宴に突然現れた「緑の騎士」が、自分の首を斬ってみよ、と奇妙な勝負を持ちかけます。
ただし、一年後には、今度は自分が相手から同じ一撃を受けなければならない。

若きガウェイン卿は、この挑戦を引き受けます。

そこから物語は、勇気だけでは解決できない世界へと進んでいきます。
旅の途中で迎えられた城、その城主との約束、美しい城主の妻からの誘惑、そして緑の騎士との再会。
しかも最後には、戦いを挑んだ緑の騎士と、ガウェインを歓待した城主が同一人物であったことが明らかになります。

城主の妻とガウェインとの危うい駆け引き、城主による狩りの場面なども生き生きとしていて、「中世文学」という言葉から想像した重々しさとは違い、意外なほど人間臭く、時には愉快です。

しかし、この本を読み終えて、むしろ強く印象に残ったのは「解説」でした。

作品が成立した時代背景、言葉、韻律、写本、アーサー王文学の系譜などが精緻に論じられている。
門外漢の私にも、菊池先生が長い時間をかけて中世ヨーロッパ文学を研究されてきたことが伝わってきます
 。

一つの物語の背後に、これほど深い世界が広がっているのか。
文学研究とは、作品の筋を知るだけではなく、その言葉が生まれた時代、人々が何を恐れ、何を大切にし、どのように物語を受け継いできたのかを掘り起こす仕事なのだと感じました。

そこで思い浮かんだのが、日本の『平家物語』です。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」。

私たちは文字として読みますが、もともとは琵琶法師によって語られ、人から人へ伝えられてきました。

文字を黙って読むのとは違い、声には抑揚があります。間があります。
そこに琵琶の音が加わる。聴衆の心を動かすためには、物語そのものだけではなく、「どう語るか」が重要だったのでしょう。

お寺で聞く読経にも、どこか同じものがあります。

人間は昔から、重要なものを文字だけで伝えてきたのではありません。
声にし、節をつけ、物語にして、次の世代へと渡してきたのです。

そして、もう一つ、この作品から考えさせられたことがあります。
ガウェイン卿は、完全無欠の英雄ではありません。

勇敢ではある。しかし、死は怖い。
誘惑にも迷う。自分を守りたいという気持ちもある。そして失敗すれば、それを恥じる。
そこが面白いのです。

中世の騎士道物語でありながら、描かれている人間の心は、700年近くたった現代とそれほど変わっていません。

私は弁護士として、多くの紛争にかかわってきました。

離婚、相続、会社経営、財産、土地、人間関係――。
紛争の渦中にいると、人はどうしても「勝つか、負けるか」「相手が正しいか、自分が正しいか」という二つの世界に閉じ込められます
。

もちろん、裁判では勝敗が重要です。
しかし、長い紛争が終わった依頼者に、私は時々思うことがあります。

本当に大切なのは、紛争に勝った後、あるいは紛争を終えた後を、どう生きるかではないか。
過去の相手をいつまでも恨み続ければ、裁判が終わっても、心の中の裁判は終わりません。

ガウェイン卿も、緑の騎士との勝負を終え、失敗や恥を抱えながら、それでも再びアーサー王の宮廷へ帰っていきます。

人間は完全ではない。
間違うことも、怖がることもある。
それでも、自分の経験を引き受けて、次へ進むことができる。

そこに、この古い物語が現代の私たちに語りかけるものがあるように思います。

紛争が解決した依頼者にも、私はこう申し上げたい。

「これで一つの章が終わりました。次の章は、もっと楽しいものにしましょう」と。

旅行に行ってもいい。新しい趣味を始めてもいい。しばらく会っていなかった友人に会ってもいい。仕事をもう一度面白くしてもいい。

人生には、裁判より長い物語が残っています。

アーサー王の円卓の騎士たちが次々と新しい冒険へ向かったように、私たちにも、まだ知らない世界があります。

私自身、『ガウェイン卿と緑の騎士』を読んで、これまで知らなかった中世ヨーロッパ文学という世界を、ほんの少し垣間見ることができました。

長年、弁護士をしていても、知らない世界は、まだまだある。
それは、なかなか愉快なことです。

過去を整理することは大切です。
しかし、過去だけを見て生きる必要はありません。

一つの紛争が終わったら、顔を上げて、次のページをめくる。
そこには案外、緑の騎士よりも面白い何かが待っているかもしれません。

素敵な書物との出会いに、感謝しています。