「庶民の中にもノーベル級がある!」

阪口志文さんノーベル賞受賞記念

2025.10.7  弁護士 川原俊明

🫘「納豆職人の奇跡」

うちの祖母は、納豆作りの名人だった。
ただの大豆を一晩水につけ、藁にくるんで、布団の中へ。
「温もりが発酵を呼ぶんや」と言っていた。
冬の朝、布団をめくると、湯気の中にふわりと立ちのぼる香り。あれが我が家の“科学の瞬間”だった。
祖母いわく、「失敗も多いんや。夏は腐る、冬は凍る」。それでも続ける姿は、ほとんど実験者。
小さな台所が研究室、納豆菌がノーベル級の共同研究者だった。
結局、祖母は賞なんて貰わなかったけど、家族全員、祖母の納豆で健康になった。
ある意味、“生命科学賞”受賞だ。
ちなみに、その発酵の秘訣を尋ねたら、「愛情や」と言われた。
……やっぱり、それだけは科学で証明できない。

  ☕「インスタント革命」

 朝が弱い夫のために、妻は毎朝コーヒーをいれていた。
しかし、ある日「豆を挽く時間ももったいない」と、瓶詰めの粉をお湯で溶かしてみた。
これが、思いのほかうまい。
「これでええやん!」と夫が喜んだ瞬間、妻は気づく。――“人類の時短革命”がここにあった。
以来、夫は毎朝「妻ブレンド」を飲み、職場でも「うちのコーヒーが一番」と言い続ける。
近所の人が「それどこの豆?」と聞けば、妻は胸を張って言う。
「スーパーの棚の右から二番目です」
夫婦の愛も、お湯で3秒。ノーベル“家庭平和賞”ものだ。

 

🍙「おにぎりの宇宙」

 運動会の朝、母は台所でおにぎりを握っていた。
ただのごはんと塩なのに、母の手で握られると、なぜかうまい。
「空気を入れて、やさしくね」と言う。
その手さばきは、ほとんど重力と摩擦の実験。
ごはん粒一粒が逃げ出さない、完璧な構造――建築学でも説明できない奇跡だ。
昼休み、グラウンドでおにぎりをほおばると、梅干しの酸味が体にしみる。
ああ、これぞ“再生可能エネルギー”。
食べた瞬間、疲れが取れて元気が出る。
ノーベル“おふくろ物理学賞”受賞。
ちなみに母のコメント――「うまい言うてくれたら、それで充分」。
……結局、愛情がまた受賞した。