10月のハイキング

朝起きて、まずはカーテンを開ける。
――やっぱり、雲。どんよりとしたグレー。

「今日の天気、大丈夫かな?」
スマホで天気予報を何度も確認する。
幸い、雨は午後2時以降とのこと。これならなんとかなる。

今日は、月に一度の“同窓会ハイキング”の日。
気心の知れた仲間たちと、秋の空気を感じながら歩く一日。
それぞれに家庭や仕事があって、集まるのは年に数回だけれど、顔を合わせると、すぐに昔の時間に戻れる――そんな関係だ。

集合場所は阪急伊丹駅。
出発の時点で、すでににぎやかだ。
「おーい、また太ったんちゃう?」
「いやいや、これは“秋仕様”の体型や!」
「その理屈、毎年聞いてるで!」
笑い声が絶えない。すでに“ハイキング”というより“立ち話の遠足”の様相だ。

今回のメインは、最近話題の豊中・つばさ公園。
伊丹空港のすぐ横、滑走路のほとりにある新しい公園で、飛行機の離着陸を“間近で”見られるという。
かつては空港ビルの屋上から遠くに眺めるしかなかったものが、今はフェンス越しに間近で見られるというのだから、期待が高まる。

歩き始めると、空はまだどんより。でも、風が心地よい。
秋の気配が色づく街路樹の間を抜けながら、
「こうして歩くの、何年ぶりやろうな」
「昔は部活帰りにしょっちゅう歩いとったやん」
そんな会話が自然に出てくる。
学生時代の記憶って、どうしてこう、ふとした拍子に蘇るのだろう。

つばさ公園に到着した瞬間、全員が思わず声を上げた。
「うわっ、近っ!」
ほんの数十メートル先で、飛行機が離陸準備をしている。
エンジン音が腹の底に響くほどの迫力。
管制塔の指示が入り、機体が滑走を始める。
そして――轟音とともに、ふわりと空へ。
その瞬間、全員が自然と拍手していた。

「すげぇ……これ、見入るな」
「ほんま、空港ってこんなに生き物みたいやったんやな」
「ここで一日過ごせそうや」
そう言いながら、ベンチに腰を下ろして、しばし見学。
次々と飛び立つ機体を見ていると、
“人間ってすごいな”という素朴な感動がこみ上げる。

まわりには家族連れがたくさんいて、子どもたちが歓声を上げている。
その中に混ざって、我々も子どものように夢中になっていた。
写真を撮る者、飛行機の型番を調べ始める者、いつの間にか、まるで少年時代に戻ったようだ。

しばらくして、そろそろ次の目的地へ――と歩き出した頃、空の雲が少しずつ厚くなってきた。
「おい、これ、そろそろやばいんちゃう?」
誰かがつぶやく。
予定では、このあと服部緑地の日本民家集落博物館に行くはずだった。
しかし、相談の結果、「雨が来る前に駅へ向かおう」ということに。
急きょルートを変更して、緑地公園駅へ。

この判断が、見事に的中。
駅に着いた瞬間、ぽつり、ぽつりと雨粒が落ちてきた。
「おお、ギリギリセーフ!」
誰かが空に向かってガッツポーズ。
全員で拍手喝采だ。こういう時の一体感が、なんとも心地いい。

道中では、またちょっとした“自然の授業”もあった。
公園の脇に、大きな白い穂を揺らす植物を発見。
「ススキかな?」
「いや、これ“パンパスグラス”っていうんや」
植物に詳しいメンバーが教えてくれる。
日本のススキがしなやかに穂を垂らすのに対して、パンパスグラスは堂々と直立している。
まるで、外国から来た陽気なススキ。

「名前、どっかで聞いたことあるなぁ……あ、“パンパース”や!」
と誰かが言って、大爆笑。
“植物の名前ひとつでここまで盛り上がる年齢になったか”と、自分たちでまた笑う。
でも、こういう小さな会話の一つひとつが、心に残る“思い出のスパイス”なのだ。

そして、ゴールの千里中央駅にたどり着いた頃には、ちょうど小雨が降り出していた。
空を見上げながら、全員で言った。
「今日は、天気も味方してくれたな」

そこからはお待ちかねの“打ち上げ”。
駅近くの居酒屋に入り、まずは乾杯!
「おつかれさまー!」
泡の立つジョッキをぶつけ合いながら、自然と昔話が始まる。

「覚えてる?修学旅行で迷子になったやつ」
「おい、それ言うなや!」
「先生に怒られてんのに笑いこらえてたやろ!」
もう、笑いが止まらない。
年齢を重ねても、こうして腹の底から笑える仲間がいるのは、何よりの幸せだ。

気づけば3時間があっという間に過ぎていた。
「次はどこ行く?」
「紅葉の時期にもう一回やな」
「今度はお弁当持ってピクニックしようや」
次の予定まで決まってしまうのが、またこのメンバーらしい。

店を出ると、夜の風がひんやりとして心地よかった。
頭上を飛行機のライトがゆっくりと横切っていく。
その光を見上げながら、ふと思う。
――人生の中で、こうして笑い合える仲間がいること。
それは、何よりもありがたいことだ。

それぞれがいろんな経験を積み、いろんな場所で生きてきた。
でも、歩きながら話していると、まるで学生時代のまま、時間が止まっているような気がする。

“昔話”と“今の話”が自然に混じり合い、
笑いと少しの懐かしさが、夜の空気の中に溶けていく。

――また来月も、このメンバーで。
そんな約束を胸に、2025年の10月ハイキングは、静かに、あたたかく幕を閉じた。

2025年10月25日  弁護士 川原俊明