鬼は外、福は内!

「法廷の節分——本当の“鬼”は誰だ?」

 「鬼は外、福は内。」

 節分になると、誰もが口にするこの言葉。

 だが、法律の世界で本当に“鬼”が外に出ているかというと、実はそう簡単ではない。

 ある年の節分の日。

 私は、いつもより少し重たい気分で法廷に向かっていた。

 事件は、家族間の争い。

 感情が絡み、長年のわだかまりが積もりに積もった典型的な紛争だった。

 法廷に入ると、原告席も被告席も、険しい顔ばかり。

 まるで、鬼が何人も並んでいるようだった。

 相手をにらみ、過去の恨みを思い出し、心の中で怒りを燃やしている。

 「許せない」
「絶対に負けたくない」

そんな思いが、空気に充満していた。

 主張は激しい。

 言葉は鋭い。

 だが、よく聞けば、どちらも似たようなことを言っている。

 「自分は被害者だ」
「相手が悪い」

 まるで、互いに「お前が鬼だ」と豆を投げ合っているようだった。

 私は、ふと考えた。

 ――この法廷に、本当の鬼はいるのだろうか。

 冷静に証拠を見ると、どちらか一方だけが悪いとは言えない。

 誤解もあれば、すれ違いもある。

 ちょっとした言葉の行き違いが、何年も続く争いに変わっていたのだ。

私は、最後にこうまとめた。

 「本件は、誰かを“鬼”にして解決する事件ではありません」

 「互いに事情があり、互いに傷ついてきた結果です」

 法廷は、しんと静まった。

 裁判官もうなずいた。

 結果は、和解。

 双方が少しずつ譲り合う形で終結した。

終了後、当事者の一人がぽつりと言った。

 「正直…こんなに長く争うつもりはなかったんです」

 その言葉に、胸が熱くなった。

 鬼とは、相手ではない。

 怒り、不安、意地、プライド。

 自分の中にいる“鬼”こそが、一番手強いのだ。

 法律の仕事は、鬼を追い出すことではない。

 心の中の鬼を静め、福が入る場所をつくること。

 それが、本当の意味での「法廷の節分」なのかもしれない。

  

「弁護士事務所の節分騒動」

 節分の日。

 うちの事務所では、毎年ちょっとした“事件”が起きる。

 今年も例外ではなかった。

 朝、事務員さんが言った。

 「先生、今年も豆まきします?」

 私は即答した。

 「もちろんやる!」

 法律事務所にも、厄はたまる。

 負けた裁判、長引く交渉、難航する和解…。

 放っておくと、心の中に“鬼”が住みつくのだ。

 昼休み。

 職員全員が集まった。

 紙コップに入った豆。

 なぜか全員、やや本気モード。

 私が音頭を取る。

 「ではいきますよ!」

 「鬼は外ー!福は内ー!」

 …その瞬間。

 バチッ!

 誰かの豆が、私の額に直撃した。

 「痛っ!」

 犯人を見ると、新人弁護士。

 顔は真っ赤。

 「す、すみません!狙ってません!」

 だが、周囲は爆笑。

 「所長が鬼役ですか!」

 「似合います!」

 「貫禄あります!」

 ひどい。

 私は反撃に出た。

 「よし、倍返しや!」

 豆を投げ返す。

 すると今度は、書類の山が崩れた。

 バサバサッ!

 裁判資料が雪崩のように落ちる。

 全員、凍りつく。

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間――

 「うわー!証拠が鬼退治された!」

 「甲号証が逃げた!」

 「乙号証が豆まみれ!」

 大混乱。

 しかし、なぜか皆、笑っていた。

 最後は全員で片付けながら、誰かが言った。

 「こうやって笑えるのが、一番の“福”ですね」

 私はうなずいた。

 法律の仕事は、重い。

 人の人生がかかっている。

 だからこそ、ときどき笑わないと続かない。

 鬼は、怒りや不安や焦りの象徴。

 福は、仲間と笑える時間。

 節分の日、事務所に福が入った瞬間だった。

2026.2.3  弁護士 川原俊明