夫婦別姓問題を考える——男女平等社会への道筋として
はじめに
現在の日本において、夫婦同姓は民法第750条によって法的に定められている。
つまり、結婚した際には、いずれかの姓に統一しなければならず、その結果、約96%のケースで女性が改姓している(法務省統計、2022年)。
この現実は、戦後80年近く経った現在においても、女性が「男性に従属する」構造が依然として社会制度に根強く残っていることを示している。
夫婦別姓は単なる“名前”の問題ではない。
それは、個人の尊厳、アイデンティティの尊重、そして何よりも真の男女平等社会を構築する上で、避けて通れない核心的なテーマなのである。
歴史的背景——男社会の象徴としての「同姓制度」
明治民法(1898年施行)において家制度が導入されたことで、日本は「戸主」を頂点とする家父長制社会を形成した。
戸主となるのはほとんどが男性であり、結婚に際して女性が男性の家に入り、姓を改めるのが当然とされた。
現行民法においては家制度は廃止されたが、「夫婦同姓」の規定だけはそのまま残されている。
つまり、夫婦同姓制度は、近代日本の家父長的な社会構造の名残であり、本質的には“家”という枠組みを維持するために個人の名前を犠牲にする制度だと言える。
そこでは、女性は個としての権利よりも、結婚により「所属先が変わる」存在として扱われてきた。
国際比較——日本は世界の非常識?
現在、世界の主要国の多くは夫婦別姓または選択的夫婦別姓制度を採用している。
OECD加盟国の中で、日本だけが「法律で夫婦同姓を義務付けている」唯一の国である。
以下、夫婦の姓に関する主要国の状況を紹介する。
国名 制度内容
アメリカ 夫婦が別姓を選択可能。
ドイツ 選択的夫婦別姓制度を採用。婚姻時に夫婦どちらの姓を名乗るか、あるいは各自の姓を名乗るかを選べる。
フランス 結婚によって姓は変わらず、法的には出生姓のままである。通称として配偶者の姓を使うことは可能。
韓国 2005年より、原則夫婦別姓。子供は父または母の姓を選べる。
中国 伝統的に夫婦別姓。
このように見ても、日本の制度は極めて特殊であり、「姓の選択すらできない」という点において、個人の尊厳を無視した制度だと海外からも批判されている。
女性の社会的地位と夫婦別姓の関係
日本におけるジェンダー平等の指標は、先進国の中で著しく低い。
たとえば、世界経済フォーラム(WEF)が発表している「ジェンダー・ギャップ指数(2024年)」において、日本は146カ国中118位。
教育や健康分野では比較的高い評価を受けている一方で、経済活動および政治分野での女性の進出が極端に低く、それが総合順位を引き下げている。
特に「政治参加」は138位、「経済参加と機会」は123位という低さであり、女性が社会で対等な意思決定権や収入を得る環境がまだ整っていないことが明白だ。
この背景には、家庭内での「妻」としての役割が、無意識のうちに社会における「従属的な立場」と結びついていることが挙げられる。
つまり、姓を変えるという“象徴的な従属”が、女性の社会的地位にも影響しているのである。
当事務所でもよく扱う離婚問題の法律相談において、夫に、ハラスメントなどで虐げられた妻が、夫のことを「主人」と平気で呼ぶ例が多い。年齢的に若い女性でも。
その習慣自体、女性からも意識改革の必要がある。
選択的夫婦別姓は「家族の崩壊」につながるのか?
反対論者の多くは、「家族の一体感が失われる」「子供の姓が混乱する」といった理由を挙げる。しかし、これは根拠の薄い主張である。
まず、選択的夫婦別姓制度は「選択」であって「強制」ではない。夫婦で同姓を望む人は、これまで通り同姓を選べばよい。
一方で、個々のアイデンティティを尊重したいカップルには、別姓という選択肢が与えられるというだけの話である。
また、子どもの姓については、親が協議の上でどちらかの姓を選択すればよく、これは既に離婚や再婚家庭で普通に行われている。
複雑な手続きを強いるわけではなく、制度設計次第でスムーズな運用は可能である。
現行制度の弊害——実際に起こっている問題
現行制度が及ぼす弊害は多岐にわたる。たとえば、キャリアを築いた女性が改姓することで、職場での実績や信用に支障を来すケースが多い。
ビジネスの現場では、名前がブランドである。改姓により名刺を一新し、取引先への説明を求められるなど、実務上の負担が非常に大きい。
さらに、結婚後に旧姓を通称使用している女性は、公的書類や銀行口座の名前との不一致により、本人確認で問題が生じることも少なくない。
こうした“名の不一致”は、本人にとって精神的ストレスの原因となる。
憲法との関係——個人の尊重と法の下の平等
日本国憲法第13条は「すべて国民は、個人として尊重される」と定めている。
また、第24条では「結婚は両性の合意に基づいて成立し、夫婦が対等の権利を有することを基本」としている。
夫婦の姓をどちらにするか、あるいは変えないかを選べない制度は、これらの理念に明らかに反するものである。
実際、過去には最高裁においても夫婦同姓を義務づける現行法に関して違憲訴訟が提起されてきたが、
2015年および2021年の大法廷判決では「合憲」との判断が下された。
しかし、いずれの判決でも、「法改正は国会の判断に委ねられるべき」という姿勢を崩しておらず、立法府における議論の進展が今後ますます求められている。
若い世代と多様な価値観の尊重
内閣府の調査(2022年)によれば、20~30代の若者の約68%が「選択的夫婦別姓を認めるべき」と回答している。
社会の価値観は明らかに変わりつつある。しかし、それを阻むのは高齢層や保守的な政治勢力による“過去の常識”である。
少子化が進む中、結婚や出産のハードルを下げるためにも、制度的な柔軟性は不可欠だ。
姓を変えたくないがゆえに婚姻を避けている事実婚カップルも、実に約6万組(国立社会保障・人口問題研究所、2020年調査)にのぼっている。
彼らの存在は、制度が現実に追いついていないことの証左である。
結論——未来型社会への道として
夫婦別姓の議論は、単なる制度論ではない。
そこには、男女が対等に生きる社会をどう築くかという本質的な課題がある。
日本が“島国根性”を脱し、国際社会の一員としてふさわしい未来型社会を形成するには、制度の柔軟性と、個人の尊厳を最大限に尊重する法制度が必要だ。
そして、その第一歩として「選択的夫婦別姓」の導入は欠かせない。家族の形は一つではない。
多様な生き方、多様な価値観を包摂する社会へ――今こそ、日本社会の変革が問われているのである。
2025年5月20日 弁護士 川原俊明