「推し」の世界
秋は、最高の青空です。
空を見上げれば、どこまでも青く、その先には星があります。
私たちが若かったころ、夢のある世界といえば、「星の世界」だったような気がします。
遠い星に憧れ、手の届かないものに夢を託す。
ところが、今の時代は、どうやら「星」よりも「推し」らしい。
「推し」の歌手、「推し」の俳優、「推し」のスポーツ選手。
「推し活」という言葉まで、すっかり定着しました。
それなら、弁護士にも「推し」があるのでしょうか。
名付けて、「推し弁」です。
たまに週刊誌などで「人気弁護士」「頼れる弁護士」といった特集を見かけます。
しかし、弁護士は人気投票で選ぶものでもありません。
では、実際の依頼者は何を見て弁護士を選んでいるのでしょう。
興味深い調査があります。
弁護士を実際に探した人へのアンケートでは、重視したものとして「専門性・実績」が49.1%、「費用」が46.6%、「人柄・信念・信条」が41.4%でした。
また、弁護士を探す手段では、法律事務所や弁護士のホームページが42.2%と最も多く、紹介サイトやブログ、SNSも利用されています。
さらに、複数の弁護士に相談したいと考える人も半数近くに上っています。(弁護士ドットコム)
なるほどと思います。
昔なら、「知人から紹介された先生だから」という理由で、そのまま依頼することも多かった。
しかし今は違います。
スマートフォンを開けば、何人もの弁護士が現れます。
「離婚に強い」「相続に強い」「企業法務に詳しい」「初回相談無料」「夜間対応」。
相談者は、その中から一人を選びます。
しかも、一つの法律事務所だけではなく、二つ、三つと相談して比較することも珍しくありません。
弁護士も、「選ばれる時代」になったのです。
では、最後に選ばれる弁護士とは、どんな弁護士でしょう。
政府の法曹人口に関する調査を見ると、その答えは案外素朴です。
弁護士を選ぶ際、「親身に対応してくれること」を重視する人は94.3%、「依頼内容についてきちんと説明してくれること」は95.2%に達しています。(内閣官房)
つまり、法律知識だけではないのです。
難しい法律をたくさん知っている。
有名な判例をすらすら言える。
裁判で激しい議論ができる
もちろん、それらも弁護士には必要です。
しかし依頼者が本当に知りたいのは、
「先生、私の話を分かってくれましたか」
ということではないでしょうか。
そして、その次に、
「それで、私はこれからどうすればいいのですか」
という問いが来る。
弁護士の仕事は、この二つの問いに答えることだと思います。
最初の問いには、人間として向き合う力が必要です。
二つ目の問いには、専門家として道筋を示す力が必要です。
どちらか一つだけでは足りません。
人柄はよいが解決できない弁護士でも困りますし、法律には詳しいけれど依頼者の話を聞かない弁護士でも困ります。
そして、もう一つ大切なのが「説明」でしょう。
弁護士にとって当たり前の法律用語も、依頼者にとっては初めて聞く言葉です。
「立証責任」「消滅時効」「寄与分」「特別受益」「信義則」。
私たちは毎日のように使っていますが、相談者からすれば、それだけで十分に難しい。
専門家とは、難しいことを難しく話す人ではなく、難しいことを分かりやすく説明できる人でなければならないと思います。
そして、裁判の勝ち負けだけが解決でもありません。
別の調査では、弁護士に相談したい理由として「様々なアドバイスがもらえそう」が42.9%、「早期に解決できると思った」が41.5%で、「有利な決着が期待できそう」の30.7%を上回っています。(弁護士ドットコム)
これは、とても示唆的です。
依頼者は必ずしも「相手を徹底的に負かしてくれる弁護士」だけを求めているわけではない。
長い紛争を終わらせたい。
家族との争いに区切りをつけたい。
会社を立て直したい。
そして、できれば明日から普通の生活に戻りたい。
そう願って法律事務所の扉を開く人が多いのでしょう。
そう考えると、私が思う「推し弁」は、華やかな弁護士とは少し違います。
よく聞く。
よく考える。
分かりやすく説明する。
そして、解決した後の依頼者の人生まで考える
そんな弁護士ではないでしょうか。
弁護士にとって事件は数多く扱う案件の一つであっても、依頼者にとっては、一生に一度あるかないかの重大事件かもしれません。
だからこそ、「この裁判に勝つにはどうするか」だけではなく、
「この紛争が終わったあと、この人がどんな顔で人生を歩いていけるか」
そこまで考えてみたい。
秋の青空を見ながら、そんなことを思いました。
昔は、遠い空の「星」に夢を託しました。
今は、自分が選んだ誰かを「推す」時代です。
しかし、弁護士の世界だけは、こちらから「推してください」と言うものではないでしょう。
一つ一つの相談に向き合い、一つ一つの事件を丁寧に解決していく。
その積み重ねの先に、
「あの先生に頼んでよかった」
という言葉が残る。
それが弁護士にとって、一番うれしい「推し」なのかもしれません。
2026.10.3 弁護士 川原俊明

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