みどりの哲学
みどりに託す、安心と再生の力
人の心には色がある。
怒りに染まれば赤く、沈黙すれば青く、そして、希望を抱けば、どこかにみどりが芽吹く。
色は、単なる視覚の情報ではない。人の感情や、記憶、そして未来へのまなざしを映し出す鏡でもある。
中でも「みどり」は、不思議な色だと思う。
赤や青がはっきりとした印象を残すのに比べて、みどりはどこか穏やかで、控えめで、しかし確かな存在感をもって、私たちの心にそっと寄り添ってくる。
「みどり」の語源について調べると、一説には「芽出る(めでる)」が語源だという。
寒さを越えた土の中から、小さな芽が顔を出す。
まだ風は冷たいけれど、春の光を目指してまっすぐに伸びるその姿に、私たちは「生命」の確かさを見る。
その力強さに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「みどり」とは、まさにその「生命が始まる瞬間」を象徴する色なのだ。
私たちの法律事務所では、依頼者の方を迎える空間の中に、あえてこの「みどり」を基調としたインテリアを選んでいる。
カーペット、椅子、観葉植物、そして窓から見えるわずかな御堂筋沿いの木々の新芽の緑。
どれもが、訪れる人の緊張を少しでも和らげたいという、私たちの想いのあらわれだ。
法律事務所に訪れる方の多くは、不安や焦りを抱えている。
相続、離婚、借金、トラブル…
その一つ一つに人生の重みがある。
気丈にふるまっていても、心はどこかで傷ついていて、誰かに寄り添ってほしいと、そう願っている。
そんな時、まず最初に感じていただきたいのが「安心」である。
人は、安心を感じたときに初めて、自分の言葉を語ることができる。
安心を感じたときにこそ、信頼が芽生える。
その「安心」は、実は、空間がつくるものでもある。
無意識のうちに、人は色に反応している。
みどりには、科学的にも「副交感神経を優位にし、リラックスを促す作用」があるとされる。
人の緊張を緩め、呼吸を整え、心拍を落ち着かせる。
ただそこに「みどり」があるだけで、心は少しずつ整い始めるのだ。
ある依頼者の女性が、離婚の相談に来られたことがあった。
長年の我慢の末、ようやく「自分の人生を取り戻したい」と思い、勇気をふりしぼって来所されたという。
彼女は、最初は強張った表情だったが、ふと観葉植物に目を向けて「ここの空間、落ち着きますね」と言った。
その一言が、その後のやりとりを大きく変えた。
私たちは、法律を扱う専門家ではあるけれど、同時に人の心にも寄り添いたいと思っている。
法の力とは、争いを収めることだけではなく、人に再出発のきっかけを与えること。
そしてその第一歩に、「安心」と「希望」が必要なのだ。
それを空間の色に託せるのなら、私たちは迷わず「みどり」を選ぶ。
「みどり」はまた、調和の色でもある。
赤と青という対照的な色の中間に位置するみどりは、どちらにも寄り添い、双方のバランスをとる。
争いの渦中にある人たちが、互いを理解しようとするプロセスには、必ず「みどり」の力が必要だ。
相手を赦すこと、自分を受け入れること、そのためにこそ「みどりの心」が求められる。
さらに、「みどり」は成長の色でもある。
一つの問題を通して、人は変わる。
弱かった自分に気づき、でもそれを恥じず、次に進もうとする。
そういう変化を見届けることができるのも、法律の仕事の醍醐味である。
「先生のおかげで、前を向けるようになりました」
「やっと、自分の人生を生きられる気がします」
そんな言葉をいただけたとき、私たちは心の中で、静かに「みどり」が芽吹く音を聴いている。
新芽は、小さくても確かな希望のしるしだ。
そしてその一歩一歩を、みどりは見守ってくれる。
だから私たちは、これからも、みどりとともに歩いていきたいと思う。
みどりを通して、人の心をほぐし、支え、育てていく。
それこそが、私たちの事務所の「みどりの哲学」である。
みどりに込めた願いは、静かに、しかし力強く、依頼者の人生に寄り添っていく。
芽が出る。葉が伸びる。やがて花が咲き、実がなる。
その全ての過程に、人の希望と再生がある。
私たちの法律事務所は、その小さな芽が出る場所でありたい。
そしてその芽が伸びていく力を、そっと支える存在でありたい。
2025年5月18日 弁護士 川原俊明