法は、誰のもの?
弁護士 川原俊明
「法律は、正しい者の味方ではなかったのですか」
かつて、高齢の依頼者から投げかけられた言葉です。
本人の意思によらない契約書を作られ、土地をだまし取られた事件でした。
依頼者を守りきれなかった苦い思いとともに、その問いは、今も私の心に残っています。
法律の仕組みを説明することはできても、それだけでは、その方の無念に応えられません。
生涯をかけて守ってきた財産を失った人にとって、法律への信頼は、自分の人生が社会から大切にされているという信頼でもあるからです。
法は、何のためにあるのか。
そして、誰のものなのか。
長く弁護士を続けてきた今も、私は、この素朴な問いに立ち返ります。
国際司法をめぐる報道に接するたび、その問いは、世界にもつながっていると感じます。
国家間の紛争を扱う国際司法裁判所と、戦争犯罪などについて個人の刑事責任を問う国際刑事裁判所。
それぞれ役割は異なりますが、そこには、力に任せた行動を法によって抑えようとする、人類の努力があります。
しかし、現実には、強い国や指導者が司法の判断を軽んじ、自らに都合のよい説明を押し通そうとする場面があります。
その姿を見ていると、「法の支配」という言葉が、遠い理想のように響くこともあります。
それでも、理想と現実の隔たりは、法を諦める理由にはなりません。
その隔たりを少しずつ埋めることこそ、司法に関わる者の仕事だと思うのです。
法の支配とは、権力を持つ人も法に拘束され、その行使が検証されるという原則です。
法律の名を借りて人を従わせるだけでは、その精神は実現しません。
誰が決めたのか。どのような根拠があるのか。
不利益を受ける人に、説明と反論の機会が与えられているのか。
こうした問いを、権力に向けて差し出せる社会であることが大切です。
民主主義も、多数決だけで完成するものではありません。
多数の賛成があっても、少数の人の尊厳を踏みにじってよいはずはない。
一人では声を上げにくい人にも、異議を申し立て、独立した裁判所の判断を求める道が開かれている。
その道を実際に歩けるようにすることが、弁護士の役割です。
この問題は、国際政治の世界だけにあるわけではありません。
家族の中で財産を管理され、事情を知らされない高齢者。
職場で不当な扱いを受けながら、生活のために口を閉ざす人。
難しい契約書を前に、相手の説明を信じるしかなかった人。
身近な暮らしにも、情報や交渉力の差が、権利の実現を妨げる場面があります。
もちろん、裁判では、事実を証拠に基づいて確かめなければなりません。
訴える側にも訴えられる側にも、言い分を述べる機会が必要です。
「自分は正しい」という確信だけで結論を決めることは、司法の公正さを損ないます。
だからこそ、弁護士には、依頼者の思いを丁寧に聴き、その背後にある事実を掘り起こし、証拠を集め、裁判所に届く言葉にする責任があります。
悔しさや不安を受け止めながら、見通しの厳しさも率直に伝える。
その積み重ねによって、権利を守る道筋をつくります。
冒頭の依頼者の言葉は、私に、事件の結果を説明して終わることを許しません。
もっと早く相談につながる方法はなかったか。
失われる前に証拠を確保できなかったか。
被害を防ぐ仕組みを提案できなかったか。
過去の苦い経験を、次の人を守る仕事につなげたいと思っています。
これからの法律事務所には、紛争が起きた後の対応とともに、被害や対立を未然に防ぐ働きが、ますます求められるでしょう。
高齢者の財産管理、家族の将来設計、企業の契約や職場環境。
日常の小さな違和感を相談できる関係があれば、深刻な事態になる前に選べる道が増えます。
AIやデジタル技術も、そのために役立てたいと考えています。
資料の整理や情報へのアクセスを改善し、相談の負担を軽くする。
そして、生まれた時間を、人の話を聴き、事情を理解し、解決策を考えるために使う。
技術が進むほど、一人ひとりに向き合う姿勢を深めていく。
それが、私たちの目指す法律事務所です。
一つの事件で明らかになった問題を、次の相談での助言や、地域への情報発信、制度改善への提言につなげることもできます。
個人の救済を積み重ねながら、同じ被害を繰り返さない社会へと働きかける。
そこに、司法の役割を広げる可能性があります。
「法律は、正しい者の味方ではなかったのですか」
その問いに、安易な約束はできません。
しかし、声を聴き、事実を確かめ、権利の実現に力を尽くす責任は引き受けられます。
法は、私たち一人ひとりの尊厳と、共に生きる未来を支えるものです。
弁護士法人川原総合法律事務所は、その理念を日々の仕事の中で形にし、誰もが法の力に手を伸ばせる社会を、皆さまとともにつくっていきたいと考えています。

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